インバウンドの増加と保険業の役割

慶應義塾大学商学部講師

内藤和美

 

 

 近年、訪日外国人旅行者(いわゆるインバウンド)の数が増加しています。日本政府観光局が公表している数値によれば、インバウンドの数(注1は、2013年に1,000万人を超えてから急増し、2016年には2,400万人を超え、2017年には約2,870万人と、3,000万人に迫る勢いです。

 

 インバウンドおよびその消費の増加は、一般に「インバウンド効果」と言われます。それは、およそ4兆円規模(2018年は45,064億円)の旅行消費額が企業の売上高に好影響をもたらすに止まらず、インバウンドが帰国後に越境電子商取引(越境EC)を通じて日本製品を購入する越境EC市場規模の拡大(注2を通して輸出の増加を生み出し、こうした需要増に対応するための企業の投資の増加にも貢献するものです。政府は、東京オリンピックが開催される2020年に、インバウンド数で4,000万人、インバウンドの旅行消費額で8兆円を達成する目標を掲げており、インバウンド効果は、日本の経済成長に大きく貢献するものとして期待されています。

 

 一方で、インバウンドの増加に伴うリスクの存在や課題も徐々に明らかになっています。その1つが、インバンドによる「医療費の未払い問題」です。インバウンドが、旅行中の予期せぬ病気やケガにより観光地の医療機関を受診し治療を受けたにもかかわらず、医療費の支払い手続をしないまま帰国してしまい、音信不通になってしまうという問題です。

 

 厚生労働省の「医療機関における外国人旅行者及び在留外国人受入れ体制等の実態調査(平成28年)」によれば、過去5年間のトラブル事例のトップは「金銭・医療費に関するトラブル」であり、1年間(平成27年度)に35%の医療機関が未収金を経験しています。インバウンドが、適切な費用負担の下に、日本で安心して医療サービスを受けられる体制整備は急務であり、その一環として、民間の保険会社が提供する海外旅行保険への加入推奨が挙げられています。これに対応して、大手損害保険会社は、入国後にスマホ等から加入できる海外旅行保険を販売しており、保険加入者に対して、コールセンターによる病院の紹介・手配や医療通訳などの充実した付帯サービスも提供しています。また、インバウンド向けに医療保障・生命保障を提供する少額短期保険が販売されています。

 

 インバウンドの旅行消費に関わるリスクも見逃せません。例えば、インバウンドによる民泊・配車サービスなどシェアリングエコノミーの利用に伴う賠償責任リスク、インバウンドが海外に持ち出した製品に関するPLリスクなどが想定されます。こうしたリスクに対して、損害保険業界では、シェアリングエコノミー向け保険の販売(注3や海外PL保険の販売拡大などの取組みがなされています。インバウンド効果の増大が見込まれる中、ますます補償ニーズが高まる分野であると考えられます。

 

 なお、災害時のインバウンドへの対応も重要な課題です。熊本地震(20164月)や北海道胆振東部地震(20189月)は、いずれもインバウンドに人気の観光地で発生した大規模な地震であり、被災された方々の安全・安心確保といった災害対応が急務の課題となりました。また、被災後のインバウンド消費の落ち込みによる観光業等への影響なども懸念されています(注4

 

 保険業の役割は、インバウンドの増加に伴い多様化する保障・補償ニーズの充足に止まらず、充実した付帯サービスの提供や自治体等とも連携した社会貢献活動などを通して、ますます拡大していくものと思われます。

 

 

 

1:外国人正規入国者のうちから日本に永続的に居住する外国人を除き、さらに一時上陸客等を加えて集計した数。

 

2:中国消費者による日本事業者からの越境EC購入額の規模が最も大きく、2017年は12,978億円(前年比25.2%増)である(経済産業省「平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備」(電子商取引に関する市場調査)を参照)。

 

3:堀田一吉研究会(第23期)三田祭論文研究班「シェアリングエコノミーの発展可能性と保険業界の対応」保険研究第70集所収を参照。

 

4:インバウンドニュースサイト「訪日ラボ」(2016419日および20181016日付記事)を参照。

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