インシュアテックの進展とP2P保険の登場

慶應義塾大学商学部講師

内藤和美

 

 

 2020年1月29日付けの日本経済新聞に、「保険金支払い「割り勘」」という見出しの記事が掲載されました。同記事によれば、保険スタートアップのjustInCase(ジャストインケース)が国内初のP2P保険(ピア・ツー・ピア保険)である「わりかん保険」を発売し、同保険は、がんと診断された時に一律80万円の一時金を支払うというシンプルなもので、契約時に年齢に応じて3つのグループに分かれ、各グループ内で毎月支払った保険金の額に手数料を加えたものを契約者数で「割り勘した」保険料を事後的に支払うという仕組みが採られています。この国内初のP2P保険は、政府の規制緩和の枠組みである「サンドボックス制度」を使って実現しました。

 

 筆者は、プレスリリースのちょうど1週間前に、損害保険事業総合研究所主催の特別講座「P2P保険による保険革命」に参加させて頂き、justInCase社の畑CEOから「わりかん保険」の発売に至る経緯や保険のコンセプト、および諸外国におけるP2P保険の先行事例(例えば、わずか1年間で契約者数が1億人を突破した中国のアリババ・グループ傘下のアント・フィナンシャルが手掛ける「相互宝」のケース)についてお話を伺うことができました。畑CEOのお話の中で、P2P保険は、「会ったことがない人と助け合えるスキーム」であり、その大きなメリットは保険契約当事者間の「キャッシュフローの透明性」が確保される点にあるというお話は特に印象的でした。

 

 わが国でも、古くから「頼母子講」(たのもしこう)や「無尽」(むじん)などのように相互扶助の思想に基づく「助け合い」の仕組みは存在していましたが、P2P保険は、こうした古くから存在する相互扶助的な考え方とインシュアテックによる革新的技術の利用とを有機的に結合させてうまく機能させようとする仕組みであるとされます。P2P保険は、2010年にドイツのフレンドシュアランスというスタートアップ企業が保険ブローカーとして取扱いを開始したのが始まりであり、その後欧米諸国や中国で発展したとされますが、その発展の要因の1には、「デジタルネイティブ世代の台頭とSNS、モバイルアプリ利用の進展」があると指摘されます(注1)

 

 また、P2P保険の特徴は、危険選択やモラルハザード抑止の方法にも現れていると思います。例えば、「わりかん保険」では、加入時の危険選択は、「被保険者の年齢がどのグループに属するのか」(20~39歳、40~54歳、55~74歳)および「(支払い時に使用する)クレジットカード情報の提供」と非常にシンプルです。商品のシンプルさとともに危険選択も簡略化されていることで、分かりやすさが追求されているものと思われます。もちろん、保険金の支払い情報が契約者間で共有されることも、間接的にモラルハザード抑止につながるものと思われます。こうしたP2P保険のシンプルで分かりやすい商品性は、若年層のニーズにもマッチすることが期待されます。また、P2P保険はこれまでの保険とは異なるニッチ市場を対象とする保険提供を可能とするとの指摘がなされています(注2)

 

 なお、P2P保険は、国によっては、監督規制上「保険」とは認められないケースもあるようです。例えば、中国では先述した「相互宝」などのP2Pタイプの商品は保険商品に分類されていないようです(注3)。わが国でも、今回のサンドボックス認定によって実証的に開始されることとなったものであり、今後どのように発展していくのかが大いに注目されるところです。

 

 

注1:牛窪賢一「インシュアテックの進展-P2P保険の事例を中心に-」損保総研レポート第124号(2018年7月発行)を参照。注2:堀田一吉「保険情報のデジタル化と保険業」保険研究第71集(2019年)を参照。注3:片山ゆき「中国‘P2P互助’の進撃-「相互宝」加入者1億人、平安保険によるポイントで支払う「歩歩奪宝」の誕生」ニッセイ基礎研レポート2020-02-05を参照。

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