コペル君と保険

慶應義塾保険学会
常務理事   上田 進朗

 

 

 『君たちはどう生きるか』という本が、再ブームになっている。波乱の戦前戦後を駆け抜けた昭和の著名な文化人で、児童文学者でもあった吉野源三郎が、昭和12年(1937年)に著した歴史的な名著だ。

 

 物語の主人公のあだ名『コペル君』とは、地動説を唱えたコペルニックスに由来している。「自分たちが絶対的にその中心に居て、社会がその周りをまわっているのではなく、自分もまた社会の中の一つとして機能しているのだ」という発想の転換を象徴しているのだ。筆者も遠い昔、中学生の頃読み、種々啓発された記憶がある。

 

 中でも、雨にけむる銀座のデパートの屋上から街を眺めていて、「人間は一人一人小さな分子の様なもので、それら一人一人が世の中という大きな流れを作っている一部なのだ」と主人公が感じる場面は、書名を聞いただけで、読み返すまでも無く思い出すことができた。思えば筆者自身が、社会と自己との関係を考え始めた契機だったのかもしれない。

 

 もう一つ心に残っているエピソードに、「台所にあった『粉ミルク』という『一つの商品』が、自分の手元にあるのは、見ず知らずの色々な人々の関与によって、今この場所に辿り着いている。社会もそのように色々な人の関わりによって成立している」という主人公の気付きがある。

 

 これらを懐かしく読み返す中で、『保険』についても同じ思いを感じた。保険業界に身を置く者としては、ごく当たり前の発想であるが、『保険』こそが、多くの見ず知らずの人々の集まり、助け合いによって成立しているからだ。寡聞にして吉野源三郎が『保険』について言及した文章を読んだことは無いが、保険業界こそ無数のコペル君が活躍している世界だと思う。

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