超高齢化社会の到来と保険業の役割

慶應義塾大学商学部講師

内藤和美

 

 

 わが国は、今や世界トップクラスの長寿国となりました。厚生労働省の平成28年簡易生命表によれば、日本人の平均寿命は、男性が80.98年、女性が87.14年といずれも過去最長となり、国際的に比較すると、男女ともに、香港(男性81.32年、女性87.34年)に次いで2位となっています。また、わが国の全人口に占める高齢者(65歳以上)人口の割合も急速に高まっており、1950年では5%に満たなかったのが、2015年には26.7%とおよそ4人に1人が高齢者の時代に入り、2060年には39.9%と約2.5人に1人が高齢者になる見通しであることが示されています(注1)。日本は、長寿国として、まさに「世界のトップランナー」であるといえます。

 

 さて、こうした超高齢化社会の到来を「リスク」の観点から俯瞰するならば、高齢者を取り巻くリスクの増大と多様化という問題が浮かび上がってきます。最近では、高齢ドライバーによる自動車事故が、ニュースなどでも頻繁に取り上げられます。警察庁が公表した「平成29年中の交通事故の発生状況」のうち、運転者(第1当事者)の年齢層別交通事故件数の推移を見ると、この10年間(2007年~2017年)の交通事故件数は減少傾向にあり、若年層(16歳~24歳)が第1当事者となった事故件数は、10年前の半数以下となっているのに対し、高齢者(65歳以上)が第1当事者となった事故件数は、10年前のおよそ9割の水準でほとんど減少していません。85歳以上のドライバーに限定すれば、その事故件数は10年前のおよそ2倍となっています。

 

 高齢ドライバーの事故原因として最もよく言われるのが身体的な機能低下であり、その中でも安全運転に最も大きく影響することが想定されるのが認知機能の低下です(注2)20173月より改正道路交通法が施行され、75歳以上の高齢ドライバーの認知機能検査が強化されましたが、同年3月から12月の間に検査を受けて認知症のおそれがあると判定された人は4万人を超え、このうち3割が医師から認知症と診断されて、運転免許の取り消しや自主返納に至ったとの新聞報道があります。

 

 高齢ドライバーの事故が多発していることを受けて、損害保険会社は、運転支援・見守りサービスや事故防止サービスを付帯した自動車保険を開発しています。テレマティクス技術を利用することにより、高齢ドライバーの運転状況をリアルタイムで把握し、高速道路逆走などの危険な運転行為に対して注意を促すとともに、運転記録を家族で共有して高齢者の安全運転意識を高めようとする取組みです。この新しいタイプの自動車保険は、リスクファイナンス手段である保険にリスクコントロールの機能を追加し、高齢ドライバーが安心して運転することができる環境の整備に寄与しているところに大きな特徴があります。

 

 また、認知症高齢者の介護リスクもまた重要です。約10年前に、認知症の男性(91歳)が徘徊中に誤って線路に立ち入り、列車にはねられて死亡するという痛ましい事故が発生しました。その後、鉄道会社がこの男性を在宅で介護していた妻と長年別居していた長男に対して振替輸送費などの支出による損害の賠償を求めたことから、社会的にも大きな反響を呼びました。本件は最高裁まで争われ、妻と長男は監督義務者に当たらず賠償責任は負わないと判断されましたが、認知症高齢者の介護リスクへの対応が急務であることを実感させられる事件でした。

 

 2025年に高齢者の約5人に1人は認知症患者になるという推計(注3)があります。認知症に罹患するリスクが増大する中で、生命保険会社は、認知症リスクの保障を充実化した医療保険や介護保険、さらには認知症に特化した保険商品を開発しています。認知症介護は介護の中でも負担が大きいとされる一方、早期診断・早期治療が重要であることから、認知症と診断されたときに給付金を支払い、早期治療を促すことにより介護リスクを軽減する取組みです。また、損害保険会社は、認知症高齢者の徘徊などに起因する損害賠償責任について補償する保険商品を開発し、介護する側の負担を軽減しています。

 

 超高齢化社会の到来により、保険会社は、高齢者やその家族が安心して暮らせる社会の実現に貢献する役割を担うことが、ますます期待されているといえます。引き続き、「リスク」の観点から動向を注視していきたいと思います。

 

 

(注1)厚生労働省『平成28年版 厚生労働白書〔概要〕』。

(注2)堀田一吉・山野嘉朗編著(2015)『高齢者の交通事故と補償問題』慶應義塾大学出版会を参照。

(注3)厚生労働省「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~の概要」。

ページの上部へ戻る