遺伝子情報と保険

モリサキ・アンド・アソシエイツ 代表

 元・外国損害保険協会専務理事

森崎 公夫

 

 

 今、保険を含め、銀行、証券など金融事業が大きな変革期を迎えている。

 

 この背景には、ITの急速な進化に加えて、ビッグデータの解析はじめイノベーションの活用が業界の地図を書き換える「ゲームチェンジャー」になるのではないかと金融業界の経営者が関心・懸念を抱いていることや、社会が成熟段階に達し、少子高齢化が進むなか、従来の取り組みでは顧客の満足を得られなくなったことがある。

 保険の世界では、日本に保険が定着し始めて以来、旧大蔵省の徹底した庇護下にあり、算定会制度、アクチュアリー会の持つ影響力の下、保険事業は経営の安定に恵まれて成長を図ってきた。

 

 しかし、1980年代末以降、規制緩和、構造改革など主としてアメリカの圧力に加えて、金利低下による逆ザヤ問題によって経営破綻や吸収合併の対象になる会社が増え業界の再編が進んだ。

 こうした状況下においても、経営の主たる眼目は、売上高(収保)や市場シェア順位に置かれていたことは、事実が示す通りである。

 

 ところが、資本主義の終焉が語られるようになり、銀行に関しては、金利はマイナスになり、決済機能はなにも銀行に頼る必要がなくなり、投資、融資についてもFT(フィンテック)の出番となろうとしている。証券は、家計が高齢化社会への備えとして、資産を持続的に積みあげるために役に立つ商品を提供すべきところ、その目的に沿わない投資信託の販売で手数料稼ぎに執着してきたと批判を受けるなど、事業の存在意義に社会の厳しい目が注がれている。

 

 生命保険事業においても、日銀の出口戦略が見えてこない現状の下、低金利は当分の間続くであろう。従来の経営戦略の延長線上でいくら努力しても成長は期し難い。

 

 最近、日本でも、遺伝子検査と保険を巡る問題が論じられるようになってきたが、今のところ、遺伝子情報を当該被保険者にとってプラスになる形で、前向きに活用しようという議論はあまり聞かれない。

 米国では、「遺伝情報差別禁止法」が制定されるなど、遺伝子情報が差別的な措置に使用されるのを防止するための配慮がなされているが、日本では遺伝子情報が究極の個人情報であることから、この問題に触れることを躊躇する空気があるのではないか。

 しかし、遺伝子情報を個人が一生涯を健康で過ごせるように有効に活用できれば、これに勝ることはあるまい。

 

 例えば、今後さらに研究・開発が進み、技術として定着すると期待される遺伝子解析技術や遺伝子によって発症の恐れがある疾病を胎児、幼児期に察知できる診断方法などを踏まえて、疾患の原因となる遺伝子の置き換えなど、今後の進化した医療、投薬を担保する保険、即ち人が一生涯を安心、安全に送れるための保険、仮に名称を付すならば「一生涯健康管理保険」といった商品を考えてみたらどうか。

 

 日本では現在、公的健康保険の持続性に赤信号が点滅しているが、遺伝子情報と人工知能の活用によって、従来型の病名診断に従った一律に処方する投薬に替えて患者の病状に応じたより適切、適時な投薬を行うことによって医療費の削減が可能になろう。

 

 遺伝子データの活用によって、人間の寿命を伸ばす技術も身近なものになるだろうが、その技術の享受に、貧富によって著しい差が生じないよう、制度設計に配慮すべきであろう。このような点に細心の注意、配慮が不可欠であるが、科学、医学の進歩の中で、官民協力し、保険事業の新たなパラダイムを開き、金字塔を建てるべくチャレンジすべきではないだろうか。

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